2016年1月30日土曜日

レビュー『THINKING THE IMPOSSIBLE』


Ramón Riobóo氏の『THINKING THE IMPOSSIBLE』日本語版のレビューです。




原書はスペイン語ですが、本書の底本は英語版とのことです。

セミ・オートマチックな手順を中心として、39作品ものカードマジックと、手順の中で使われる技法や概念などが盛りだくさんに書かれています。


本書のレビューをどう書くか、非常に悩みました。
収録されている作品数が多いというのも理由の一つですが、それ以上に、そもそもセミ・オートマチックな手順って、レビューの中で現象を説明するのが難しいのです。

まず、本書の作品を一つ紹介してみましょう。

One in the Side Pocket


演者はカードを1枚選んで観客に渡し、表を見ないまま観客のポケットに入れてもらいます。
また、その観客にも1枚カードを選んでもらい、やはり表を見ないまま演者のポケットに入れます。
そして、別の観客にデックを2つの山に分けてもらいます。
どちらかの山の一番上のカードを確認して、例えばそれが6だとすると、別の山の6番目のカード、演者のポケットのカード、最初の観客のポケットのカードで、4種類の6のカードが揃います。


非常に簡単で、手品を始めて間もない方でも即戦力にできる作品だと思いました。

この説明でもなんとなく、どういう手品なのかは伝わったかもしれませんが、細かい部分が全然伝えられていません。
この作品の良さはこんなに薄いものではないのです。

本書でのちゃんとした現象の説明を読むと、演技の時系列であったり、演者がどういう言葉でお客さんに話しかけているのかといった部分がきちんと伝わりますので、ぜひ本書を読んで欲しいです。




この「現象の説明が難しい」という点は、実はレビューに限ったことではなく、レクチャーノート自体にも当てはまります。
つまり言ってしまえば、セルフワーキングに近い手品って、現象だけ書かれていてもそこから仕組みを推測できたりするんですよね。

しかしその点について、本書は言葉の選び方が上手く、現象を読んでいるとまるで実演現場にいるような気持ちで、当然のように騙されてしまいます。
例えば、次の作品です。

You Make Three Piles and I Won't Touch


観客にデックを3つの山に分けてもらい、そのうち1つの山を選んでもらいます。
観客は、選んだ山の中から1枚のカードを覚え、他の山どちらかの一番上に置きます。
3つの山を重ねた後、演者はそれをよく混ぜます。
そして突如、演者は、観客が選んだカードを言い当てます。


レビューでは大事な部分をかなり端折っているので、ぜひ本書での説明を読んで欲しいです。

この作品の現象の説明を読んだ段階で、僕は
 「本当にできるのか?」
と感じました。どうにも実現可能には思えないのです。


そして方法の解説を読んで、少しイラッとしました。
 「そんなこと、現象の説明では書かれていなかったじゃないか!」
と思い、腹を立てたのです。

そこでもう一度現象の説明を読むと……ああ、なるほど。
書いてあるんですね、ちゃんと、大事な部分が。

レクチャーノートを読んでいるはずなのに、まるで叙述トリックに引っかかってしまったような、そんな感覚です。
本書が読み物として面白く感じる原因は、この「文章で騙されている感じ」ではないかなと思います。



ところで、レクチャーノートを多く読んできた方は、もしかしたら
 「文章で騙されるのは、現象を注意深く読んでいないからでは?」
と思われるかもしれません。
しかし、どうやらそうではないようです。

本書の作品はしばしば、マジシャンの注意を撹乱しにかかってきます。
そういった意味で、やられた!と感じたのは、次の作品です。

The World's Smallest Computer


演者は、複数枚のパケットをコンピューターに見立て、観客が選んだカードを当てると言います。
観客から、選んだカードの情報を少しずつ教えてもらい、パケットにその情報を入力していきます。
すると、たとえ観客がウソをついていたとしても、最終的に観客の選んだカードが現れるのです。


さほどストレスなく演じられるので、戦力にしやすい作品だと思いました。

所謂スペリングトリックですが、正直こういうタイプの手品って、慣れたマジシャンなら、現象の詳しい説明だけで仕組みを推測できたりしますよね。

ところが、この作品は、何かがおかしいのです。
詳しくは書けないのですが、何というか、推測してみても上手く仕組みが構成できないのです。

そして解説を読むと、その点がすごく綺麗に解決されています。
決してラッキーパターン以外はゴリ押しとかではなく、非常にシンプルな解決策でまとめられており、思わず唸ってしまいました。

もし本書を読まずに、何の前触れもなくこの作品を見せられていたら、その仕組みに悩んで眠れなくなっていただろうなと感じます。



ここまでで3つの作品を紹介しましたが、これらはすべて、難しい技法が特に必要なく、ほとんど準備のいらない、セミ・オートマチックなカードマジックです。

本書にはあと36作品が収録されており、中にはそれなりに技法を使うものや、特殊なカードを用いるものもあります
どれも特徴的で、紹介したい作品もまだまだ有るのですが、それらを全てここで紹介するのは難しいです。


最後に、最高の賛辞の言葉でこのレビューを締めくくりたいのですが、それさえも本書の最初にJuan Tamariz氏によって言い尽くされていますので、何も言えません。

とても良い本ですので、ぜひ読んでください。
そして、まずは読んで文章に騙されることを楽しみ、次に本書に収録されている作品を演じて楽しんでみてください。

緑の蔵書票さんにて購入できます。
※完売したようです

2021/07/08追記
ソフトカバー版が出たようです。



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