2013年11月10日日曜日

レビュー「マジシャンのためのウケるキッズ・ショーの作り方」



スクリプト・マヌーバさんから発売されている「シリアスリー・シリー本」のレビューです。




これはキッズショーについて解説した名著!


著者はマジシャンのデビッド・ケイ氏。同氏のDVD「シリアスリー・シリー」の書籍版という感じです。またDVDの方のレビューは後日書きたいと思います。

本書はキッズショーにおける基礎論を学ぶことが出来るという触れ込みで、他にはないキッズショーのバイブルを目指した書籍だとのことです。
キッズショーのバイブルの確立なんて本当に可能なのかと、懐疑的に読み始めたのですが、いざ読み終わってみると、これは非常に良い本だということが分かりました。
諸所の理由からバイブルとまでは言えないのですが、非常にためになる、良くまとめられた名著だと思います。
それではここから、その内容についてネタバレにならない程度に、順番にレビューして行きたいと思います。


第1章~基本中の基本~


1章(パート1)は基本中の基本として、子どもってどういうものか、キッズショーってどういうものかについてのイントロが書かれています。

特にキッズショーの歴史について書かれている部分は、これだけでも読む価値が充分で、たった7ページに濃い内容が凝縮されています。
恥ずかしながら僕はキッズショーの歴史なんて全く知らなかったので、本当に勉強になりました。
現代理論を語るためにはまず歴史からというのは、理解を早めるすばらしいスタンスだと思います。


第2章~キッズ・ショーにおける心理学


2章(パート2)では、子どもが手品をどのように認識しているのかについて説明しています。
ここについては、大きな括りで「子どもとは」と説明している部分は概ねその通りだと感じました。と言うか、少し発達心理学や教育学を学んでいる人にとっては当たり前な内容だと思います。

深く書くと良くないと思うので避けますが、まあ「ギロチンとかは辞めたほうが良いよ」とか、そういう内容です。
地域性によって演じられる手品が違うって話も出てくるのですが、日本とは全然違うアメリカの話なので、直接の参考にはならないのですが「へぇ~、そうなんだ。」となって面白いです。

問題は、年齢別の認知に関する部分です。発達心理学的に見て、おかしなことが書いてあります。
ざっくりと見たら間違ってはいないとも言えなくもないのですが、本書では、子どもの発達に伴う認知と、教育によって得られる認知がごちゃごちゃになっています。

例えば本書では、ハサミが使えるのは4歳からとされています。
ですが実際、幼児教育の分野では手指操作としてのハサミ使用は1歳から始まり、2歳では紙を切るという概念を習得して、チョキンという一回切りは可能になるとされています。
まあ実際のところ、日本の教育現場では3年生(9歳程度)でもハサミの使い方を知らない子どもがいたりします。
これは地域性や家庭環境に依存する、教育の遅れです。実際はハサミを使用する認知的なレベルには達しているのに、ハサミという道具を初めて見て、その使い方を知らないためにハサミが使えない子のように見えてしまうのです。
本書の最後に別表として、子どもの年齢別認知発達表というものが付いています。
年齢別にできることとできないことをまとめた表なのですが、認知発達表としては大きく間違っています。
なので、異学年集団における1つのケースらしいという程度に捉えておいたほうが良いでしょう。

他にこの章では、年齢別の3種類のシルクの消し方が解説されています。
例によって、このアプローチはどうなの?って部分も有るのですが、まあ文化の違いなのかなぁとも考えられます。
しかしながら、36歳児向けのプロットは必見です。目から鱗のアプローチで、非常に勉強になりました。
この考え方を解説した本って、他に無いような気がします。
子どもの発達に基づいた認知レベルにも合致しており、すばらしいです。
ここだけは是非とも一読をオススメします。


第3章~受けるマジックの作り方~


3章(パート3)は、受けるマジックの作り方というタイトルです。(まぜ突然ウケる→受けるになったのかは謎です……)

このパートの最初に登場する「大切なのはゴールではなくてプロセス」という項。
本書で語られるキッズショーの方法論は、結果としてここに集約されると感じます。
他のもっと具体的なレクチャーには「ちょっとこれは使えないかな……」と苦笑いしてしまうようなアプローチやジョークが多いのですが、この理論的な部分に関しては本当に納得できます。
ここだけ押さえておけば、自分がやりたいキッズショーに昇華することができそうですし、ショー構成を目に見えてレベルアップさせることができそうです。
ここでは詳しい内容については書きませんので、ぜひご自身で読んでみてください。

次の項からは、キッズショーにおける笑いの要素の取り入れ方、子どもが参加する要素の作り方、ストーリー構成などの解説が行われます。
直接ショーに取り入れられるかどうかは難しいところで、やはり文化の違いがひしひしと感じられます。

特に気をつけないといけないのは、ワワワワエンディングと名づけられた結末の付け方です。
セサミストリートなんかのアメリカンコメディから着想されたエンディングらしいですが、びっくりするぐらい日本ではなじみがないコメディの形です。
多くの子どもがそういったコメディをテレビで見ているため馴染みが深いそうですが、日本の子どもはアルフもセサミストリートもシンプソンズも見ていません。
なので、ここで紹介されているワワワワエンディングはショーの中でのクライマックス事故に繋がりそうです。

最近の日本のコメディは、個人的にはあまり嬉しいことではないのですが「もうええわ!どうもありがとうございました~」のエンディングが多いと思います。中田ダイマル・ラケット氏の流れです。
日本の子どもにとって馴染みが深いオチは、ワワワワエンディングではなくて、形式的に「ここで終わる」という約束がなされた形での明解なエンディングです。
ワワワワエンディングの解説を読んで、なんとなく面白そうだからといって日本でのキッズショーに安易に取り入れてしまうと、かなり痛い目を見てしまいそうですね。

このパートには他に、具体的な演目に関する演じ方の例や、コラムのようなものも載っています。
参考程度には一読の価値がありますが、具体的な演目については、本で読むよりもやはりDVDで見た方が、雰囲気が分かりやすくて良いですね。


第4章~よくある問題の解決方法~


4章(パート4)では、キッズショーで起こりがちなトラブルの解決方法について解説されています。
トラブルの深刻さに応じて5つのステップに分けて解決方法が解説されており、非常に理論的です。
5つのステップの覚え方まで書かれていますが、別にこれを丸暗記する必要は無いと思います。
地域やシチュエーションによっては、ステップは4つにも、6つにもなるはずです。
理論として、トラブルがエスカレートする流れを理解しておけばよいと思います。

具体的にトラブルを解決するためのユーモアが紹介されているのですが、これはなかなか苦笑いです。
日本ではこれは、ユーモアと捉えられないだろうというものが多々あります。
まあ1つの文化体系ではこれがユーモアによる解決だと認識されるんだな、ぐらいの捉え方で良いと思いますし、実際に演技に取り入れるときは自分なりの、自分のショーに合ったユーモアを作る必要がありますね。

さて、本書の「キッズショーでよく起きる10の問題」の中で、9つ目の問題として「顧客が屋外でショーを行いたがる」というものが紹介されています。
これは驚きました。日本のキッズショーだと、屋外でショーをすることなんて日常茶飯事だからです。
というか、地蔵盆(主に京都で行われる子ども向けの夏祭り)では屋外での依頼が大半で、ショーを行うための屋内の部屋を用意して欲しいなんていうと、話が噛み合っていないと思われます。

地蔵盆で屋内の遊び場所を用意できている地域というのは、それなりに裕福な地域かあるいは裕福な家庭が1つでもある地域であって、交通費+お茶代程度の依頼料が精一杯であるような地域の地蔵盆では、屋内の会場が用意できるなんて到底考えられません。

「顧客が屋外でショーを行いたがる」の解決策は、「屋外でもできる最高のショーを用意しておく」に限ると思います。これが、10の問題の中で最も文化の違いを感じた点でした。


第5章~ショー全体を調整する~


最後となる第5章(パート5)は、ここまでを総括したまとめとなる内容が書かれています。結局のところキッズショーは「キャラクター」や「地域性」などの、その時々のシチュエーションにあわせて構成するべきだという、ありきたりな結末にも見えるようなまとめなのですが、ここまでの内容を読んだ上でこのパートを読むと、不思議と全てに説得力があり、納得することが出来ます。それを体験するためにも、ぜひ本書を全部通して読む流れの中で、このパートで著者が言いたかったことを感じ取って欲しいと思います。

本書の末尾や本文中に、いくつか色々なポイントをまとめた表が登場します。先ほど述べた年齢別認知発達表以外の表は、非常に簡潔にポイントがまとめられた便利で内容の濃い表となっているので、ぜひ活用して行ければと思っています。


全体を通して


DVD「シリアスリー・シリー」まで合わせてこそ本領発揮する本書だと思いますが、あえてここまでの総括を述べるとすれば「キッズショーに関する理論と実践を両立した名著」だと思います。

文化の違いもあり、日本では到底通用しない内容も含まれています。
子どもの年齢別の認知については、正直言っておかしなことが書かれています。
ユーモアや演技の例は、即戦力として使えるものではありません。

しかし、これを叩き台にした「日本における」あるいは「自分のテリトリーとなる地域における」キッズショーの理論は、それぞれのマジシャンで構築できると思います。

まず一読して「これはおかしい」「これは日本では通用しない」と感じた部分は見逃さずにピックアップしましょう。
そして、ではそのおかしい部分をどう直すのか、日本ではどう演じれば良いのかを真剣に考えて、自分のショーに活かしましょう。
すると、自分だけの「シリアスリ・シリー」が完成すると思います。
そうすれば、それは自分にとってのキッズショーにおけるバイブルになるはずです。

そんな「バイブルを作る材料」を惜しみなく提供してくれる本だと感じました。
読まないのは損だと思いますし、読んでそのまま放置するのも損だと思います。


DVD「シリアスリー・シリー」のレビュー


それでは後日、DVDの方の「シリアスリー・シリー」のレビューも更新します。第3章(パート3)の中で紹介された具体的な演目について、詳細にレビューする予定です。


補遺


備忘録として、本書では紹介されなかった日本独自のポイントとして、是非これから考えていきたいなと思った点をピックアップしておきます。

・敬語について
日本語は、敬語という概念が明確です。
子ども相手のキッズショーで、敬語を使って話すべきか、フランクに会話すべきか。

・呼称について
日本では、「田中太郎」「山田花子」を呼ぶときにも色々な呼称があります。
子どもを舞台上に上げたとき「太郎くん」「花子ちゃん」「山田さん」など、呼称はどうすべきか。

・本当に大変な地域でのキッズショー
日本は、どんな家庭にも均等に、文化的な行事が与えられています。
地域によっては、今日食べるご飯が無いような家庭や、家に帰っても居場所がない子どもがたくさん、小学校でのマジックショーを見に来ています。
そんな地域でのマジックショーと、イベントの余興に5万円出してマジシャンを呼べる地域では、行うべきキッズショーは異なると思います。
そこを、どうするか。


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