2023年8月25日金曜日

レビュー『En Route』


ジョン・ガスタフェロー『En Route』日本語版(富山達也 訳)のレビューです。
3~4手順の組み合わせで構成されるアクトが、合計で3アクト解説されています。
手品としては10手順載っています。

最初にざっとイントロダクションを読んだとき、すごく少ない道具構成のパッキングで、10種類の手品が演じられるようになる本だと勘違いしました。
そういうことではなく、一続きのショーアップされたアクトが複数演じられるようになる、という本でした。

この、アクトを持ち運ぶという考え方がなかなか衝撃的でした。
普段のクロースアップセットで、あれができる、これもできる……と演じられる手順がどれくらいあるかを考えたことはあるのですが、じゃあきちんと構成されたアクトが何種類できるかと考えると悩んでしまいます。

私なら、少ない道具立てで多くのアクトを演じられるようにしようと思ったら、どちらかというと効率重視というか、使う道具を大胆に減らしにかかってしまいそうです。
しかしこの本で紹介されている道具立ては、ひとつひとつのアクトを最高の完成度に高めるために準備されたもので、なんならひとつの手順にしか使われない道具なんかも含まれています。
ポーカーチップなんて、効率を追い求めたら真っ先に削るか別の道具に差し替えたいようなものなのですが、あえて用意することで最高の演出に活かしています。
この考え方は勉強になりました。

一方デックについては、とにかく3つのアクトを過不足なく演じるために、バキバキに効率重視で色々やってますね。
これはこれで、ここまでできるのか、すごいなあと勉強になります。

それでは、手順を1つずつ見ていきます。

Chapter 1 Ready For Take Off
1:Virus
デックがウイルスでバグるので、直します。
楽しいストーリーに沿ってテンポよく展開される良い作品です。
私が手品を始めた頃(高校生くらいのとき)は、こういう手品を好んで演じていましたので、当時知っていたら確実にレパートリーになっていたと思います。
オープニングに最適です。かなり好き。『One° Degree』の「Truth in Advertising°」に似ています。

2:Upper Hand Triumph
トライアンフで、最後に演者が何もしていない感が強いです。
お客さんとのやりとりというか、つながりを重視した感じの手順です。
その辺りで『One° Degree』のエッセイ「Strong Connections」に通ずるところがある気がします。
面白いです。

3:Mini-Mental
4人の観客のカードを見つけます。
シンプルな現象ですが、やりとりが面白いですね。
私は『One° Degree』の「Either Or°」が大好きなのですが、やりとりの面白さに近いところがある気がします。こういうの大好き。
ここまでが1つ目のアクトなのですが、クライマックスを盛り上げる工夫についても書かれていて、トリの手順として充分に機能すると思います。

Essay:Your Brand Voice
キャラクター性に関するエッセイです。
良いことが書いてあります。

Chapter 2 Unpacked
4:Boxing Day
一種のカードトゥボックスです。
ビジュアルで、なかなかインパクトがあるオープニングになると思います。
ここからの3つの手順からなるアクトは、カードケースを使うワンテーマのプロットなのですが、カードケースの印象をバシッと提示できる良い導入ですね。
この辺りから、本書で解説される3つのアクトの親和性が本領を発揮します。
1つ目のアクトは構造がシンプルというか、ほぼレギュラーデックのみで演じるようなアクトだったのですが、このアクトでカードケースや輪ゴムといった別の道具が必要になってきます。
その必要な準備が、1つ目のアクトをさほど邪魔していません。
よくできた道具立てで、ほれぼれします。

5:The Box Whisperer
囁く系プロットで、観客が囁いたカードが出てきます。
演出勝負!鮮やかで面白い手品です。
シンプルな流れで、次のカードケースを使ったトリの手順に良い感じに繋げられます。
うまく考えられたモタレの手順です。

6:Think Tank
2枚のジョーカーが、観客の思ったエースを当てます。
クライマックスに向かってもったいぶって盛り上げていく、良い展開ですね。
このアクトの一連の流れを「4:Boxing Day」のNoteで書かれているようにそのまま演じるのは、私は怖いです。書かれている解決策を採用したい派なのですが、このタイミングでジョーカーを使うなら簡単に解決できますね。
私のようなビビりでも演じられるよう、上手い具合にアクトが完成しています。

Essay:Sharing Your S.E.C.R.E.T
語呂合わせで書かれたアドバイスです。
キャッチーですが、無理やり語呂合わせにした感じも否めないので、参考程度だと割り切って読むと楽しいと思います。

Chapter 3 Entourage
7:All In Your Hand
2人の観客によるエースプロダクションです。
これは面白い!お客さん2人に操作をお願いして、演者の存在を上手く隠すような手順構成になっているためハンズオフ感がめちゃめちゃ強いです。
しかも、単に演者が2人の観客に指示をしているだけではなく、観客同士のやりとりもあるため、演者と観客のつながりよりも観客同士のつながりが強い感じがあり、よりハンズオフ感が高まっている気がします。
これもワンディグリーの工夫というやつでしょうか。良い手品です。

8:Chip Off The Old Daley
ポーカーチップを使った、赤と黒の交換現象です。
ここでポーカーチップの登場です。イントロダクションで出てきたときは、このポーカーチップはどういう面白い道具なんだろうと思っていたのですが、こんな使い方だったとは。
しかしこれは確かに、ポーカーチップでないとだめですし、わざわざポーカーチップを用意する価値もあると思います。
この手順も観客同士のつながりが活きている感じはあるのですが、演技の流れの中ではそこまで観客同士のつながりを強調してはいないんですよね。
前半で、演者と観客のつながりを意識させているところから、演者がスッ引く感じが観客同士のつながりを強く印象付けているポイントでしょうか。
いやあ、ワンディグリーですねえ。完成度の高い手順です。

9:Double Agent
ミッション・インポッシブルになぞらえて、観客のカードを見つけます。
楽しいストーリーに沿った手順で、良い感じにリラックスできそうです。
この3つ目のアクトは4つの手順から構成される重めのアクトなので、途中でこういうのが挟まるのは良いと思いました。
ただ現象自体は別に軽くないので、演者が軽妙な語り口で小気味よく演じなくてはならないと思いますので、そこが難しそうです。

10:Flash Pocket
エースとジャックの交換現象です。
すごくあり得ないことが起きます。本書の中では間違いなく、一番強烈な現象でしょう。
しかし、技術的にも気持ち的にも重いですね……できればひとつ前の「9:Double Agent」で終わってお茶を濁したいです。
現象としては間違いなくトリの風格です。というかこの手順は、単発でやっても面白いですし、1つ目や2つ目のアクトの最後に追加してもトリの手順として機能しそうですね。
すごい手順です。憧れます。

全体として、めっちゃ面白かったです。
最近、私はこのジョン・ガスタフェローという人の手品が好きなのではないかと思ってきて、絶版になっている『Three of a Kind』と『Hands off My Notes』の訳書も探したのですが見つかりませんでした。再販してください。

『One° Degree』のときにも思ったのですが、演者と観客のつながりの作り方がめっちゃ参考になります。
この本では加えてさらに、観客同士のつながりの作り方、そして観客同士をつなげた後に演者がスッと引いて、観客同士のつながりを強くする工夫がとても勉強になりました。
この辺りは盲学校マジックにも活かせる考え方だと思うので、活用していきたいと思います。
そのためにも、他の訳書が読みたいです。
『Three of a Kind』と『Hands off My Notes』の再販よろしくお願いします。

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