2021年5月1日土曜日

レビュー「52Hz」

 

ムナカタ・ヒロシ氏の作品集「52Hz」のレビューです。


昨年マジックマーケット2020で頒布され、一瞬で売り切れたあと少し在庫が復活したときに買えました。

現在はダウンロード版が購入できますが、これを書いている日にちょうど開催されているマジックマーケット2021春では少しお安く買えるみたいなので、この本の存在を知らない方に向けてレビューを書きます。


基本的な原理や手法に対して、そこから自然に思いつく程度の現象から大きく逸脱したような、非常に独創的な作品が多い印象です。
どうやったらそんなこと思いつくのかと驚いてしまう、なんというか複数の脳が並行して思考していなければ完成しないような仕上がりです。

A4サイズで100ページほどのいかついボリュームなので、すべての作品をピックアップはしませんが、特に面白いと思った3つの作品についてどんな発想がエキセントリックなのかを中心に紹介したいと思います。


・Split
4枚のエースを使ったカードトゥポケットのような現象です。
お客さんのコールに合った結果が起こるという手順ですが、なんとなく想像できる通り、コールに合わせて演者はやることを変える必要があります。

何がすごいかというと、そういう手順はコール次第でちょっと苦しいアウトや、逆にめちゃめちゃ不思議なラッキーパターンがあったりするものですが、この手順にはそれがありません。
すべてのケースが同様に、きちんと不思議でインパクトがあります。
こう書くと、どの道が選ばれても最終的にはきれいな結果に収束するんだねって感じがあるのですが、これはむしろ逆で、それぞれの道が全然違う方向へ分岐していきます。
にもかかわらず、すべての結果にきちんと説得力があります。

こういう手順って、ケースAならこうして、ケースBならああして……って考えるものだと勝手に思っていたのですが、これはあるケースの準備が別のケースのための別の準備になっていたりと、すべてのケースを同時並行で考えないと作れない手順だと思いました。

完璧に最適化された、これ以上いじれない手順です。


・Power of "JUNISHI"
十二支をモチーフにした、セミオートマチックなカード(トランプではない)マジックです。
この十二支というテーマがまず素晴らしくて、十二支には「12には約数が多い」「循環している」「自分のやつがある」「今年のやつがある」など面白い性質がたくさん有ります。
そんな性質を上手に使って、セルフワーキング風のかわいらしい感じの手品をこしらえたのかなと思ったら全然ちがって、変態的な不思議さでお客さんをノックアウトする構成になっています。

まず原理として、先ほど挙げたような十二支から自然に連想されるものではなく、マジで?って思うような性質が使われています。そんなふうになるんだ。
もちろん有名な原理も使われているのですが、はいはいアレね感がプロットの中で上手く隠されており、ちゃんと不思議です。

現象はサッカー風の予言なのですが、サッカートリックの定番
「失敗やジョーク → と見せかけて成功!」
の流れとはちょっと違って、
「失敗やジョーク → と見せかけて成功! → からのもう一発」
です。容赦がない。

和やかなアニマル感に油断しているとフルパワーでぶっ飛ばされる、非常に本格的な手品です。


・Rashomon Monte
客上げして行うスリーカードモンテですが、お客さんが絶対に当てられません。
モンテなんだからまあそうだろうと思いますが、この絶対にというのが、絶対にです。
表向きでも当てられません。

催眠術や言葉の綾ではなく、Rashomon Principle をベースにした巧妙なプロットです。
ストーリーやセリフ回しもガッチリ噛み合っていて、上げられたお客さんを見ている他のお客さんから見て、なぜ当てられないのかに気づきにくい構造です。

で、何がエキセントリックかというと、客上げで行う手品では
「「舞台上で手品を見ているお客さん」を見ている客席のお客さん」
という構造は結構あって、その視点で現象を考えることはあるのですが、これは
「「「舞台上で手品を見ているお客さん」を見ている客席のお客さん」を見ている私」
の視点が存在します。
レクチャーノートでこの作品を読むだけで、舞台上のお客さんと客席のお客さんで視点が異なるということを、傍観者の立場から楽しめます。
あるいは悪趣味な発想ですが、この手品が演じられている場を、この手品を知っている人が監視カメラで見ると、たのしいと思います。

演じられる舞台全体をイメージするだけでなく、舞台全体を撮影した映像を見ている自分をイメージできなければ作れない作品だと思いました。
当代無比の傑作です。


以上3作品が、とても素晴らしいと思いました。
あと、おまけ的に読めるエキボックに関するエッセイも面白かったです。
※エキボックに関するエッセイは紙版の本のみの特典だそうです

この本を知らなかった方は、ぜひ読んで筆者の波長をキャッチしてみて欲しいです。刺さる人には刺さると思います。
もし、ちょっと怖いなと思ったら、無理しなくても良いかと思います。
そのくらいすげぇです。

0 件のコメント:

コメントを投稿