2013年5月22日水曜日

4冊目~演じる~


学生マジシャンに読んでほしいこの10冊、シリーズ4冊目。
JCMAの田代茂さんにも好評でした。「演じる」ということについて。

魂の演技レッスン22~輝く俳優になりなさい!~
ステラ・アドラー著
シカ・マッケンジー訳
フィルムアート社
¥2,415


~演じるとは~


たとえば田中太郎という大学生が舞台上で手品をするとき、田中太郎という大学生として演じるケースはあまりないはずです……が、学生マジシャンの世界ではそれがむしろ多数派です。
お客さんも「大学生のマジック」を見にきますし、演者も「大学生のマジック」のつもりで演じてしまいます。
学生マジックという閉じた世界ではそれで良いのかもしれませんが、そうすると学生の練習発表会、いわば学芸会になってしまい、ショーとしてのクオリティは著しく低くなってしまいます。

それで良いか悪いかは別にして、それではいけない!と考えて、舞台上でマジシャンを「演じる」とはどういうことか考えた学生マジシャンさんは多数いると思います。
そこで演劇の基礎、スタニスラフスキーシステムを学ぼうとして、途中で挫折した方も多いと思います。
一通りの演劇理論を学び、ほんの数回でも役者として芝居の舞台に立った経験の有る学生マジシャンは、ほんの一握りなのではないでしょうか。
仕方ないです。演劇に身を投じるというのは非常にエネルギーのいることであり、そこで色々なものを会得したとして、また学生マジックに戻ってくるというのは並大抵の勇気ではできません。
せめて本で、演技の基礎の基礎だけでも学ぼうと思っても、一体どんな本を読めばいいのか分からない。手当たり次第読むには数が多すぎる。バイブルといわれる「俳優修行」はもはや宇宙人の言葉に見える……

~演劇理論は難しい...~



それでも手品のための演劇の基礎として、演技論を学びたい方に紹介するのが本著です。
いわゆる現代演劇の基本といわれるスタニスラフスキーシステムやメイエルホリドのビオメハニカの理論は難しいのでおすすめしません。別に役者になるわけではないのですから。
ですから、役者さんから見れば少し邪道かもしれないですが、私は演技論としてアドラーのメソード理論を学ぶことをおすすめします。

そもそも現代演劇の基礎はスタニスラフスキーから始まり、彼のシステムをベースにして3人の役者によってアメリカで生まれた理論が「メソード」です。
しかし3人の考え方は少し異なっており、後にそれぞれが分かれて独自の演技論を組み立てていきます。ですから一口に「メソード」と言っても3つに分けられるのです。

リー・ストラスバーグのメソードは、自分が経験した「感情」を記憶して、演技の中で自由にその「感情の記憶」を引き出せるようにすることに起因します。よく自分の中に「役を降ろす」と言われるのは、大雑把に言えばこのことです。自分の記憶した感情を組み立てて作ったキャラクターを引き出すわけですね。メソードの中で最もメジャーなのは(少なくとも現代の学生演劇では)ストラスバーグのメソードです。

サンフォード・マイズナーのメソードは、観察に重点を置いています。道行く様々な人を観察し、その動きを真似ることで演技を獲得していくのです。でも、マイズナーのメソードは決して「ものまね」ではありません。体の動きを真似ることで、だんだん自分の肉体がそのキャラクターになってきて、いつしか自分に「役が降りる」ということを目標とします。なんともアバウトな説明で恐縮です。

そして本著のステラ・アドラーのメソードです。彼女の方法は想像力を基盤に持ちます。脚本を読み、登場人物の思いやその生きてきた背景、舞台、世界すべてを想像し、その想像した世界に自分の身を投じることで、自分がその役になれるという考え方です。「役に降りる」と表現すればいいでしょうか。これだけどこか異質なメソードに感じるかもしれませんが、「役をしっかり演じられるようになる」「自分が役になる」という意味では本質的にはそんなに変わりません。


~手品に向いている”メソード”は~


この中でどのメソードが優れているとかいう話はしません。でも、私が思うに、この中で最も手品に向いているのはアドラーのメソードではないかと思います。
と言うのも、ストラスバーグは自分の「経験」、マイズナーは「観察」という、実際に起きた出来事をベースとしているのに対し、アドラーは「想像」という、架空の世界をベースにしているからです。
マジックで起きる現象というのは、いわば魔法であり、実際には起きていません。ボールが増える、花が出現する、ろうそくが消える。すべて、日常生活で経験できないことです。もしも実際それが起きたときの感情や、自分の体の動きを知ろうとすれば、それは想像で補うしかありません。

そんな架空の表現を想像力で作るというのが、アドラーのメソードです。正確にはストラスバーグもマイズナーも、実際に起きないことを表現するなら想像力が必要だとは言っています(この力は、ファウストのメフィストフェレスの役をやる際に必要とされると言われます。)。ですが、その段階まで演劇理論を学ぶ余裕はないと思いますので、想像力からスタートするアドラーのメソードをおすすめします。

想像力で表現を作るというのは簡単なことではありません。どのぐらい難しいかは、この本を読んでいただければひしひしと伝わるでしょう。22章の読みやすい構成となっていますので、ぜひ一度読んでみてください。



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