2013年5月22日水曜日

5冊目~演出の手法を学ぶ~


学生マジシャンに読んで欲しいこの10冊シリーズ、5冊目です。
また演技モノか、と思われそうですが、そんなつもりではないです。
今回は、演出についてのお話。

演技者へ!
マイケル・チェーホフ著
ゼンヒラノ訳
晩成書房
¥2,100




~演技の本とは思うなかれ~


まず私はこの本で紹介されている演技論は、決しておすすめしません。スタニスラフスキーの演技論を正当に後継した考え方らしいのですが、マジシャンが理解するにはいかんせん抽象的で難解だと思います。ルドルフ・シュタイナーの教育論に影響を受けているのも抽象的なイメージを感じる原因かもしれません。演劇で舞台に立った経験が豊富なら体験的に納得できる部分も多いのだと思いますが……
マジシャンとして効率よく演技論の基礎を身につけたいのなら、5冊目で紹介したアドラーの本をおすすめします。

では私はこの本の何をオススメするのかと言いますと、それは「演出論」です。
どう違うの?というところから説明しますと、「演技論」は自分がどうマジックを演じるか、どうやってマジックをするキャラクターになるかという基礎理論です。
対して「演出論」は、どうやって自分の手品の世界観を作るか、伝えたいことを伝えるためにはどのように具体的な舞台を構築するか、そういったステージメイクの考え方です。
この本の中ではその「演出論」が非常に具体的に書かれており、熟読すればものすごく勉強になります。

~演出論「マイケル・チェーホフ テクニーク」~



ではこの本で言われる演出論がどんな考え方なのか、私なりにものすごく咀嚼して述べます。本来はもっと演劇らしい表現や書き方をされていますが、マジシャンらしく解釈して書きます。したがってこれはチェーホフの演出論をベースとした私の考え方だと思っていただき、原典についてはこの本を読んでください。

この理論はまず大前提として「抽象的なものは伝わらない」というレオナルド・ダ・ヴィンチの考え方から始まります。
しかし、「伝えたいこと」は得てして抽象的なものです。それを具体的な物に「形作る(モルディング)」という操作が演出の第一歩となります。これは手順を組むことや、演技の雰囲気を決めるという部分であり、演じる内容、つまりお客さんに提供する「モノ」を作る作業です。
演じる内容が決まれば、次に舞台の空気の「流れを読む(フローイング)」ということが必要になります。どんなお客さんに演じるのか、どんなコンセプトのショーなのか、時間帯は、季節は……それらによって舞台の空気は大きく変わります。こればっかりは一度舞台を経験しないと分からないことかもしれません。当日にならないと分からないことかもしれませんし、前もってできないことかもしれません。ですが、お客さんが作る「流れ」を読まないことには自分が作った「モノ」をしっかり提示することができませんから、この段階は非常に大切になります。
流れが読めれば、今度はその「流れに乗って浮かぶ(フライング)」操作に入ります。お客さんが作る空気の流れを決して乱さず、抗わず、その流れに乗るのです。自分が伝えたいことをガンガン提示して場を引っ掻き回しては、伝えたいことは伝わりません。まずはお客さんが味方であることを感じ、自分もお客さんの味方であることを伝えます。これが意外と難しいことだということは、舞台経験者の方なら誰もが感じていると思います。この本では「魚が水を信じている様に」演者はお客さんの作る空気の流れを信じる必要があり、そうして初めてその空気の中を飛ぶことができるのだと書かれています。怖がらず、空気を信じる段階だと思ってください。
ここまでできて初めて「自分を発揮する(ラジエーティング)」操作ができるようになります。お客さんが作る空気の流れに乗って浮かぶことができれば、今度は自分が伝えたいこと、用意した「モノ」を思う存分伝える番です。
この4つの段階「モルディング」「フローイング」「フライング」「ラジエーティング」を通して自分の演技を演出することによって、劇場全体の「アトモスフェア」を自由に操ることができます。このアトモスフェアという言葉、良い訳語が見当たらないですね。その言葉の意味を上手く感じて貰えれば幸いです。
マジックにおける演出は、本来そのままでは伝わらない「抽象的な伝えたいこと」を、劇場のアトモスフェアを創造することでお客さんに伝えることだと言えるでしょう。

この本には他にも、演技のシナリオ構成における理論(例えば、どこにクライマックスを持ってくるべきか等)も、シェイクスピアのリア王を例に出しながら戯曲論として解説しています。それも一読の価値があるでしょう。

確かに難しい本だと思いますが、「演出論」と「戯曲論(ストーリー構成理論)」の2つの意味でおすすめしたい本です。一度読んで分からなくても、とりあえず何度も舞台を経験してみて、何かに詰まったときもう一度読んでみれば、そこに壁を打破するヒントが隠れていると思います。 

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